経験値の勘違い?
「ラクロスは経験値」
よく投げ、よく振る
僕は指導する際に「ラクロスは経験値」という言葉をよく使います。
この言葉は、
ラクロスは大学から始める人がほとんどで、そこから上手くなるためにはたくさん経験を積むことが大事
という意味合いで使っています。
これに関しては以前にも書きました。
つまり、上手くなりたければたくさんラクロスの練習をしろということです。
壁当てしても上手くならない?
経験値を高めるということに関して言えば、壁当てが有効かもしれません。昔から壁当てはラクロスの技術向上のために良いとされていますが、最近になって特にその重要性が増しているように感じています。
ちなみに岩手大学でも自主練で壁当てを推奨しており、オフ期間中などは選手間でどれくらい壁当てをやったか報告しあっています。
…が、壁当てを推奨しているのは実は選手達であり、僕自身は壁当てはそこまで推奨していません。もちろんやるに越したことはありませんが、壁当てか対人パスキャで言ったら絶対に対人パスキャを推奨します。
理由は、対人のほうがチームとして上手くなるからです。僕は「自分だけ上手くなろう」とチーム内で抜け駆けして練習する選手が好きではありません。将来の日本代表を育てるためならアリですが、やはり僕はチームを勝たせたいので。
そして、もうひとつ壁当てを推奨しない理由があります。それは「試合で使えない選手」が生まれやすいからです。たしかに、壁当ては自分の都合で練習できるし、投げて捕るという一連の動作を考えれば、対人よりも同じ時間内で数多くこなせるメリットがあります。
しかし、実はこのメリットがデメリットとなり、多くの選手を「試合で使えない選手」にしているのです。(但し、一部の上級選手はこの壁当てのデメリットをよくわかって練習しているので壁当てで下手になることはありません。)
壁当てのプロ
ここからは、壁当ての失敗エピソードについて紹介したいと思います。
昔の教え子に壁当てを一生懸命行う選手がいました。その選手はとても愚直で、これをやると決めたらずっとそれを継続してやり続けられる頑張り屋でした。当時の僕は岩手大学の個人スキルがとても低いことに悩んでいたため、自主練の壁当てを選手たちに課し、「とにかく投げまくれ」と指示をしていました。すると、その頑張り屋の選手は、毎日のように壁当てを行い、「30秒間でどれだけ壁当てできるか」というチャレンジでもチームで上位になりました。
しかし、、、その選手はリーグ戦で活躍することはありませんでした。
というのも、その選手は試合になると何度も致命的なミスをするのです。なんて事のないパスキャッチ、クレードル…ありとあらゆる場面で1年生がやるような予想外のミスをするのです。典型的な「試合に弱いタイプ」の選手でした。
「メンタルが弱い」で済ませていいのか?
この選手が引退した後、僕は「彼は残念なメンタルの選手だった」と評価するだけで、僕自身の反省もせず過ごしていました。が、最近になって、この選手に限らず岩手大学は試合で能力を発揮できない選手がとても多いことに気づきました。
もしかしたら、そもそもの練習方法や指導方法に問題があるのかもしれない。
そのように思い立ち、試合と練習のパフォーマンスのギャップがなぜ生まれるかを真剣に考えてみることにしました。
試合で活躍する選手と練習で活躍する選手
サッカー日本代表の長友選手が昔テレビ番組で言っていたことがあります。
それが、
「練習で上手いやつはたくさんいる、その中には僕も敵わない選手がたくさんいる。でもその大半がそのパフォーマンスを試合のピッチで出せない」
というもの。
まさに先ほどの壁当てを繰り返していた教え子のことです。やはりどのスポーツでも試合と練習のギャップはあるものです。
この差はどこから生まれてくるのか?
試合で活躍する選手とそうでない選手とでは何が違うのでしょうか?
色々調べてみましたが、この違いを生み出すものとして「個人戦術」というスキルが挙げられるそうです。「個人戦術」とは状況状況に合わせて自分のプレーを変えていく「判断力」や「思考力」のことです。
これが劣る選手は、状況が変化し続ける試合でプレーを変化させられず、限られた状況でしか活躍できないとのこと。逆に決められた動きが多い練習ではパフォーマンスを発揮するようです。そう、それこそ"無駄に"発揮するようです。
僕はこの「個人戦術」という言葉は今まで聞いたことがなかったのですが、「判断力や思考力と一緒」と考えればとても納得できました。
ラクロスに当てはめてみると、この個人戦術は特に大学3年生以上の選手達にとって重要なスキルだと思われます。大学1~2年生に当てはまらない理由としては、ラクロス歴が浅いこともあって、個人戦術を実行できるだけのレベルに満たない選手が多いからです。このような選手は、個人戦術の前に「個人スキル」を身につけなくてはいけません。ある程度の個人スキルがあって初めて個人戦術を実行できるようになります。
個人スキルの高め方
個人戦術の前段階である「個人スキルの強化」ですが、これはラクロス選手である以上、引退するまで取り組み続けるものではあります。
が、大学チームの指導者としてはある程度高いレベルまで選手達を早く引き上げたいと思っているはずです。
そこで、ここからは僕の指導経験から「個人スキルを伸ばしていく」ためにどんなコーチングが有効だったかを説明していきたいと思います。
何をやらせるかではなく、何を考えさせるか
結論から言うと、個人スキルの強化方法は、「これをやる!」という具体的なメニューではありません。メニューではなく「考え方」です。指導者としてはこの「考え方」を選手たちに伝えることが大切です。ティーチングではなくコーチングというやつです。
昔はティーチングだとかコーチングだとか偉そうに語っちゃう人を軽蔑していましたが、まさかの自分がそうなってます…笑
でも、この2つは本当に奥深いです。ティーチングの限界を指導現場で痛感しているので。
考えさせるネタ
個人スキルを伸ばす考え方を伝える上で、僕が選手たちに行っているテストがあります。
それが、
・1分時間をあげるので、紙のオモテ面に"◯"を書き続けて練習してください。
・1分後、紙のウラ面に1つだけキレイな"◯"を書いてもらいます。ウラ面の"◯"の出来栄えを評価します。
というものです。
なんてことないテストですが、実はこのテストで一番見たいのは、ウラ面の"◯"ではなく、オモテ面でどんな練習をしたかです。
おそらくほとんどの人が以下のように書いて練習するはずです。
そして、稀に以下のように書く人もいます。
このテストはラクロスの練習スタイルを表すとてもいい例です。
限られた時間の中で練習し、最後にベストなパフォーマンスを1回だけ披露する。
ラクロスに限らず、全ての競技スポーツはそういうものです。
その上で僕が言いたいのは、個人スキルを伸ばす上で大切なのは後者のような書き方だということです。
つまり、
同じサイズの◯を書き続けるのではなく「サイズの違う様々な◯」を書き続けろ、なんならひとつとして同じ◯がないように!
ということです。
理由は、試合で生きる個人スキルは毎回違うからです。
これについては、「◯を書く」という部分をラクロスの「投げる」という動作に置き換えるとわかりやすいかと思います。「同じフォームで同じ場所に投げ続ける」よりも「様々な投げ方で様々な場所に投げる」ほうが当然経験値の積み重ね方としては良いです。
「競技スポーツ」そして「試合」という一回限りの特殊な状況において、同じフォームで同じ場所に投げることはまずあり得ません。多種多様な状況に対応するためには、バリエーション豊かなスキルが必要なのです。まさに「この一球は唯一無二の一球なり」です。
この記事の最初に壁当てについて触れましたが、壁当てで上手くならない人は同じ◯を書き続けるような反復練習をしている人です。
いくら長い時間反復練習をしても、それが試合で生きるスキルでなければ意味がありません。壁当てだけでなく、対人のパスキャでも、毎回違う投げ方や捕り方を意識して取り組むことが大切なのです。
これが僕が考える個人スキルを伸ばす練習で大切な「考え方」です。
ちなみに、先ほどの"◯"を書くテストの続きですが、ウラ面に1つだけ"◯"を書いてもらう際は「利き手と逆の手で書いて」と指示して、練習してきたことを無にするちゃぶ台返しをしますw
「それだけ試合と練習は違うんだ!」
という決めゼリフを吐いて終わりです。
課題は個人戦術
この個人スキルの考え方をもとにした練習は今年の1年生を対象に新たに実践していますが、例年に比べてスキルという点で見ればある程度成果が出ているように感じています。しかし、「岩手大学は1年時は強いけど、その後のノビがない」というのが毎年の課題です。おそらく同じ地区の他大学もそう思っているでしょうし、僕自身もそれは感じています…。
この課題はまさに個人戦術です。
個人戦術を高めるためには、何を教えるかではなく「考え方」を教える、というのが正解なのでしょうが、これがなかなか難しいのです。どのように理論づけ、どのように考えさせて納得させるか…。選手達が自ら考えられればいいのですが、考えるレベルが低い場合はレベルを上げる手助けをしてあげなければいけません。
まさにティーチングではなくコーチングの技術が問われる部分です。 (何度言うんだこのセリフ…)
個人戦術とチーム戦術
ここからは余談ではありますが、個人戦術と対照的なチーム戦術についても軽く触れてみたいと思います。
まず、チーム戦術とは「チーム全体でどのように戦うか」という指針です。よく「システム」という言葉で表現されています。
そしてこのチーム戦術と個人戦術の関係で面白いのが、
ラクロスにおいては、
個人戦術を重視しているのが社会人
チーム戦術を重視しているのが学生
といった構図になっているということです。
この考え方はとても大事です!
ちなみにこの考え方は後輩である早稲田HCのモナが熱く語っていました。僕もこれには激しく同意です。
モナの言葉を借りると、「学生が社会人に勝つためには判断(個人戦術)を磨く必要がある」とのこと。
学生vs社会人という試合で学生が勝てない理由は、状況状況に応じた判断や思考が弱く、想定外の奪われ方、想定外の点の取られ方が多いためです。学生のほとんどはチーム戦術に拘りがちで、オフェンスもディフェンスもなんとかシステムにハメようとします。しかし、そう簡単にはハマりません。社会人はシステムの隙を見つけ、各々の判断で打開してきます。そして、学生はシステムにハメられない例外が起こると、準備してきたこと以上の対応はできず簡単に崩れていきます。
さらに言うと、ラクロスはオフェンスとディフェンスだけではありません。トランジションやルーズボール、リスタートなど中途半端な状況がたくさんあります。こういった状況でも学生は判断力や思考力が乏しいために社会人に遅れをとっているのです。
「じゃあそれをどうやって鍛えたらいいのか?」
これについては、先ほどと同様で僕は悩み中です。。
「選手に考えさせる、それも高いレベルで」というのは本当に難しい課題です。選手だけでなくコーチもたくさん考えなければいけません。日々チャレンジです。。
御礼
このブログをはじめてからたくさんの反響をいただき感謝しています。
あいかわらず更新するまでの期間は長いですが、備忘録も兼ねてコツコツ長く続けていきたいと思います。
引き続きよろしくお願いいたします!